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小児科医の少年時代コラム3 「スイカ」

コラム3 スイカ

小さかった頃の夏の日、兄と縁側でスイカを食べた。スイカの種はそのまま庭に向かって「ペッ」、「ペッ」と、ほき出す。そこで競争となった、どちらが遠くまで飛ばせるか。交代ごうたいに飛ばした。息を吹き出すのと唇を開くタイミングが微妙に難しい。なかなか会心の一吹きにはならない。

飛ばしそこねた種が上くちびるにペッタリとくっついてしまった。「なぁんだまた失敗かよ〜」と思いながら指で押さえて取ろうとした。しかし、種はツバで濡れていてツルっとすべって指先から抜け出てしまう。再び指で押さえようとしたら、またしてもすべる。抜け出た先は鼻の穴であった。「アッ」と思ってあわてて指を鼻の穴に突っ込んだ。だが取れるどころか、逆に押されて奥へ奥へと入っていってしまったのである。

呆然となりながらも「フンッ、フンッ」と懸命に鼻息で出そうとした。だけど出てくる気配は全くない。このまま取れなきゃどうなっちゃうんだろう。血迷って母に助けを求めた。
「お母さん!お母さん!鼻の中にスイカの種が入っちゃったよ〜」
すると、母がぞんざいに言った。
「あーそっかい。そのうちに頭からスイカが生えてくるよ」
その言葉に仰天した。藁にもすがる思いだったのだが、絶望だ。次の瞬間、自分の頭にスイカが実っている映像を思い浮べた。頭の中で「ガーン」と鐘が鳴った。

母は内職をしていて、ただでさえ忙しいのだ。しかも夏の暑いさなかである。鬱陶しくてまともに子どもの相手をすることなど出来なかったのだろう。しかしその日以来、気が気ではなくなった。あさ目が醒めるとまっさきに頭のてっぺんをなでてみる、スイカの芽が出ているんじゃないかと。しかし、その後いつになっても生えてくることはなかった。夏が過ぎてスイカを食べなくなると、種のこともいつの間にか忘れて行った。

時にフラッシュバックが起きた。ところかまわず自分で自分の頭をなで出すのである。いきなりそんなことする理由など自分以外には分かるはずもない。まわりには変な少年に映ったに違いないだろう。大人から見れば他愛のないことでも子どもにとっては重大なのだ。大人の軽い一言でも大きな影響を及ぼす。冗談を真に受けて真剣に悩みもすれば、トラウマにだってなるのだろう。

その後何十年も経過した。いまだにスイカは生えてきてはいない。記憶には残ってないが、おそらく鼻をかんだ時にでも種は出ていったものと思われる。