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小児科医の少年時代コラム5 「叔父さん」

コラム5 叔父さん

まだ幼児だった頃のある日、親戚の家に行くことになった。父からは「叔父さんからお金もらっちゃダメだよ」と言われた。事前にくぎを刺されたのである。自分としては全然そんなつもりはなかった。だけど、いざ禁じられてみるとガッカリであった。ガッカリしてひらめいた。もしかしたら自分はそんなつもりはないと言いながら、知らず知らず小遣いを期待していたのかもしれない。じゃなかったらガッカリするはずがない。そうだよ、心の奥底ではお金を欲しがっているんだ。それが自分の本性だと気が付いたのである。だけど、我慢しなくっちゃだめだ。もらっちゃいけない、もらっちゃいけないんだ、そう念じながら叔父さんの家に向かった。

叔父さんの家に着くと座敷に通された。父と叔父さんがテーブル越しに話をはじめた。父の隣でじっと座っていながら頭の中はお金のことでいっぱいだった。『本当はお金がほしい、でももらっちゃいけない、でもお金はほしい、でももらっちゃいけない、もらっちゃいけないんだ、叔父さんがお金をくれようとしたらどうしよう、断りきれなかったらどうしよう、もらってしまったらどうしよう、でももらっちゃいけないんだ…』と。実際に叔父さんを目の前にするとだんだん不安になってきた。どうにかして気持ちを落ち着かせたかった。決意を固くするために、立ち上がって父の耳元でささやいてみた。
「叔父さんからお金もらっちゃいけないんだよね」

父があわてた。「バカッ、何を言うんだっ」と叱りつけて来た。叔父さんは笑い始めた。そしてお金を出して来たのである。予想外の展開だ。なにがどうなっているのか、自分には訳が分からない。小声で言ったつもりだった。でも叔父さんには聞こえてしまった。声を加減する判断が甘かったのだ。だけど、そんなことは小さな子どもだからよく分からなかったのである。

結局お小遣いを頂いてしまった。心の奥底ではもらいたかった筈だ。なのに全然うれしくはない。後で父から呆れられた。我慢しようとした努力など誰にも理解されず真逆の結果に終わったのである。やるせなかった。握りしめた百円玉に汗がにじんだ。
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