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小児科の診察室のエピソード1 「診察室」

コラム1 診察室

過去には、医者というと威厳があって尊大であった。患者さんにとっては医者はおそれ多かった。しかし、時代が移り、医者の態度も変わってきた。怖いというイメージもずいぶんと薄れたように感じられる。それでも、患者さんは時に医者の前に出ると舞い上がってしまうことがある。だから、患者さんは診察室では言いたいこともいえず、聞きたいこともきけなかったりするのだ。
二十数年前に小児科の先輩から聞いた話である。先輩は外来で診察をしていた。次の患者さんを呼ぶと、赤ちゃんを抱っこしたお母さんが入ってきた。先輩はそのお母さんに赤ちゃんの症状やそれまでの経過を聞いた。診断のためである。さらに、病状の悪化がないか判断しなければいけない。機嫌や元気、食欲などの全身状態はどうなのか、先輩は訊ねた。
「のみはどうですか」
少し間をおいてから、お母さんはけげんそうな顔つきで答えた。
「うちには蚤なんかいません!」
「えっ?」先輩は一瞬何のことか分からなかった。
「そっ…そうではなくて……ミルクの飲みは……」
赤ちゃんの「のみ」と言えば、「ミルクの飲み」のことなのだが……
お母さんは先輩の前で緊張して舞い上がってしまったのだ。

またある日、先輩は小児科の外来で診察していた。次の患者さんの名前を呼ぶと、一人のお母さんが小さなお子さんを連れて入ってきた。小児科医にとって患者さんの年齢や体重などを知ることが、診断や薬の処方に必要なのである。先輩はまず年齢を訊ねた。
「おとしはいくつですか」
するとそのお母さんは、少しけげんそうな顔つきになって答えた。
「34です」

「えっ?!」先輩は一瞬何のことか分からなかった。
「そっ…そうではなくて……お子さんのとしは……」
子どもの診察に、親の年齢を聞いても仕方がないのだが……
お母さんは先輩の前で緊張して舞い上がってしまったのだ。

かくいう私は小児科医を二十数年やっている。これまでに赤ん坊の「のみ」を訊ねて、「いません」と答えたお母さんに遭遇したことはない。子どもの「とし」を訊ねて、母親自身の年齢を明かしてくれたことには二回経験した。
ところが、「体重は?」と質問しても……
みなさん間違いなくお子さんの体重をお答えになるのである。いまだかつてお母さん自身の体重を明かしてくれたことない。いくら緊張して舞い上がったとしても、さすがに自分の体重に関してはガードは堅いのである。