スマートフォンサイト
「子どものホームケアの基礎」のスマートフォンサイト。 子どもさんが具合の悪いときなど、枕元でご覧いただけます。 音声の読み上げも、アプリのインストールで出来ます。
QR

小児科医のコラム55 これじゃあもてっこない理由

子どものホームケアの基礎 ホーム > ほっとコラム > 55 これじゃあもてっこない理由
コラム55 これじゃあもてっこない理由

もてない理由はまだ他にも思い当たった。これじゃあもてっこないよ、自業自得、そう言われてもしかたがないエピソードである。

私が学生時代を過ごした町には長崎チャンポンの店があった。その店は郊外の街道沿いにあって深夜まで営業していた。なので、私は夜に腹が減ると同級生とつるんでよくその店に行った。ところがあまり遅い時間だと金額が高くなっているのである。二十二時になると壁にかかっている看板がレールの上をガラガラッと動いて昼間のメニューを隠してしまう。看板がどいた跡からは夜間料金のメニューが現れるという仕掛けであった。看板が動く前に会計を済ませなければならなかった。

だから、チャンポンを食べたくなったら、その時刻が何時なのかが重要であった。どうせなら金額が上がる前だ。間に合えばチャンポンだが、間に合わないのなら当然他の店が選択肢にあがってくる。行こうかどうしようか迷っているうちに時間が迫って来る。だんだん落ち着かなくなる。すぐ行けば間に合うが少しでも遅れると料金が上がってしまう、今がタイムリミットと思うとついチャンポンに出掛けてしまうのだった。ということで、私はもしかしたらうまい具合に店におびき寄せられていたのかもしれない。

夏のある日の夜、男同士でチャンポンに行った。私は既にパジャマに着替えてしまっていたが、誘われるままに行く事にしたのである。しかし、また着替えるのは面倒だった。パジャマとはいってもデザインがちょっと寝巻っぽくはないから、夜目にはそうとは分からないだろう、そう自分に言い聞かせてそのまま友人の車に乗った。確かに店に行くまでは暗かったが、さすがに店内は明かりがついている。これじゃ外からだって丸見えだ。店は真ん中が厨房でその周りをコの字型にカウンター席が取り囲んでいる。私は人から見られないように奥の端っこに座った。

するとどうだろう、後から男女の一行がやってきた。なんと同じ大学の同級生だった。考えることは皆いっしょだ。昼間の料金に間に合うようにやって来たのだ。奴らは我々とは反対側の端に座った。コの字のカウンターの向こうとこっち、厨房を通り越してお互いに見合う格好になった。こりゃまずい、こんな姿を見られたらどうしよう。女子のヒンシュクを買うに違いない。やだなあ、後で何と言われるだろう。私は体をかがめ、首から下をカウンターに隠した。こまった、どうやってここから脱出するか。

向こうが早く食べ終わって先に出て行ってくれればいいのだが、どう考えたってこっちの方が先だ。チャンポン頼んだのはこちらの方が早い。食べるスピードだってそうだ、向こうには女子がいるがこっちは男ばっかりだ。勝負は見えている。ならばどうするか。気付かれないように出てゆくしかない。だけど、出入り口の付近では姿をさえぎるものがない。全身が見られてしまう。裸足でつっかけ、しかもパジャマのズボンは膝の部分がとび出て裾は縮んでいてくるぶしまでしかない。

案の定、こちらは全員食べ終わってしまった。私は首をすくめ猫背になりながら椅子から降りた。下半身は中腰である。なるべくカウンターから上体が出ないように、だ。私は低い姿勢のまま出口に向かった。素早く、真っ先に出るのだ。私は同級生たちの視線をそらすために全然関係のない方向を見つめながら歩みを進めた。店の出入り口はガラス張りの作りになっている。ドアは床を踏めば開くタイプの自動扉だ。私は床を踏んだ。開くタイミングを予測して、それっとばかりに勢いつけて体を前に進めた。そうしたとたん、ドシンと大きな音がして私の体は何かにぶち当たっていた。ウインドーガラスだった。しまった。あわてて方向を間違えたのだ。よそ見をしていたからだ。墓穴を掘った。みんなが何事かとこっちを見てることだろう。だけどそんなことには構っちゃいられない。一瞬ひるんだ私はドアの方を向き直って一目散に逃げ出したのであった。