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小児科医のコラム56 もてた理由

コラム56 もてた理由

この私でもモテたことがあった。とはいっても、多数の女性に人気があったのではない。ある女の子がこの私に好意を持ってくれた。なにゆえに私などに好意を持ったのか、自分でもよく分からない。しかし、いくらなんでも私の外見を気に入ったからではない。それは間違いないだろう。

きっかけになったのはある団体の企画である。私は友人を介して手伝いを頼まれた。学生の身だから時間があったのだ。そこで、私は時々頼まれては駆り出された。企画というのは小さい子どもを対象にしたレクリエーションである。面倒を見るのが私の役目であった。しかし、それよりも実際は遊ぶのがメインだった。幼児とじゃれたりふざけっこである。ふざければふざけるほど子どもは大喜びした。ゲラゲラ笑いどおしだった。私も一緒に楽しんだ。こんなにも楽しめたのが新鮮だった。私は自分の意外な一面を発見した。子どもが好きだということ、そして子どもとすぐ仲良しになれるということだ。いや、そうではない、もともと中身は子どものままなのかもしれないと思った。

その女の子も手伝いに来ていた。そして私の様子をはたで見ていたのである。二十代後半のいい大人が、子どもと対等に遊んでいる姿である。彼女には私が子どものように映ったのかもしれない。その私の子どもの部分を気に入ってくれたのではないだろうか。大柄でダサい格好だったにもかかわらず、である。いずれにしても、超マニアックとしか言うほかはない。

しかし、はたして本当に彼女は私に好意を寄せてくれたのだろうか。直接言われたわけでもないし、聞いて確かめたこともない。もしかしたら、もてたいと思う気持ちが高じて、つい都合の良い思い違いをしたのかも知れない。私にはこれまでにもそういうエラーをたくさん犯してきたからである。だとしたら、私は彼女に謝らなければならない。勝手にたいへん失礼なことをいたしました、と。

私は自分が子ども好きであることが分かった。それが小児科を志望する大きな動機になったのである。そして、実際に小児科の研修医になったら病棟には重い病気の子がたくさん入院していた。その多くが長期の入院である。生活が大きく制限されていた。私は病室に回診に行くと、その場で出来る面白い手遊びや瞬間芸をやってみせた。子どもは面白がって喜んでくれた。受けるともっとやった。すると、泣かずに診察させてくれる子もいた。だから、私はなるべく子どもの笑いを取りながら診察するやり方を取り入れていった。さらに、付き添っている保護者も笑わせることができればしめたものだ。それであわよくば病気の不安も少しは解消されればいいと考えたのである。

その後ももてない状況は続いた。しかしである、この私もついにはお嫁さんをもらうことが出来た。相手は元同僚の看護師さんだ。気に入ったので頼んでみたら、結婚してもいいというのだ。どうして私と結婚する気になったのか、いったいどこが気に入ったのか、聞いてみたい気がした。でも、どうでもいいような理由やくだらない理由が返って来たらがっかりである。聞くに聞けなかった。結婚してだいぶ経ってから聞いてみた。するとどうだろう、何度聞いてもさしたる返事が返ってこない。一応考えてみるふりはするのだが一向に思い浮かばない様子である。あるいは口に出して言えるような理由ではないからしらばっくれているのだろうか。いまだに不明である。私はぜひ聞いてみたいのだ。聞くことができれば嬉しいじゃないか、この私にも人から好かれた理由が存在するのだから。つまりそれが私の唯一のもてた理由なのであるから。