スマートフォンサイト
「子どものホームケアの基礎」のスマートフォンサイト。 子どもさんが具合の悪いときなど、枕元でご覧いただけます。 音声の読み上げも、アプリのインストールで出来ます。
QR

小児科医のコラム70 永平寺

コラム70 永平寺

 昨年の夏、曹洞宗の大本山永平寺を拝観してきました。福井県で行われた小児科のセミナーに出席したついでにです。我が家の菩提寺が曹洞宗でもあり、かねてから一度行ってみたいと思っていたのでした。

 参拝を終えて帰りのバスの中で、私はお金を両替しようと席から立ち上がりました。すると後ろの席に座っていた家内が小声でこう囁くのです、「お父さん、開いてますよ」と。ハッとしてズボンを見ると社会の窓が全開でした。『しまった』と思っても後の祭りです。実は永平寺に着いて真っ先にトイレに行ったのでした。というのも、私には不思議な習性があるのです。それは「初めて行った場所では必ずと言っていいほどお通じが来る」というものです。どういうわけか自然とそういう生理的欲求が出てくるのです。まあ、犬の散歩中のマーキングみたいなものでしょうか。ズボンのチャックはその時に閉め忘れたものと推定されます。

 ということは七堂伽藍を見て回っている間ずっとこの状態だったのです。仏殿では正座して御本尊の釈迦牟尼仏に世界平和と家族の幸福を祈りました。しかし、私のパックリ開いた社会の窓に対して仏様は開いた口が塞がらなかったかも知れません。開祖の道元禅師は、「お前なあ、人のことより自分のチャックのこと心配した方がいいんじゃないの」とツッコミいれてたことでしょう。少なくともご先祖様の面目を丸つぶしにしたのは間違いありません。まことに申し訳ありませんでした。

 帰りがけに寺の売店でお守りを買いました。目的別にいろいろなお守りがあります。自分はどれにするか絞り切れません。ところがその中に「すべて」というものがありました。全部ひっくるめてお守りするというものです。さすがに他のより数百円高くなっています。でも、すべてに対してなのだから割安だと判断し、これに決めました。

 私はバスの席に座って苦笑いしながらほかの乗客には気が付かれないようにチャックを閉めました。そして思ったのです、さっきのお守りを買ってよかったと。すべてを守るのであるからには私のズボンのチャックも見守ってくれるはずだ。ぜひそうであってほしい。そうじゃないと困る。もし病院で子供の診察しているときに社会の窓が開いていたら…考えただけで心がかきむしられる。患者さんからは顰蹙を買い、顔を合わすのもためらわれるはめになるだろう。そして二度と来院しなくなるのだ。

 でも、あれ以来いちおう今のところお守りの効力は発揮されているようである。だが、油断は禁物だ。いつまでこのご利益が続くのか心配である。子供の診察をしながらふと不安になることがある。そういう時は、かがみこむ姿勢で聴診するふりをしてズボンを確かめるようにしている。