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小児科医のコラム71 同姓同名 その二

コラム71 同姓同名 その二

この三十年というもの私は患者さんの本人確認をするのに、姓名と誕生日、あるいはさらに年齢まで聞くようにしてきました。まれには同姓同名の方がいらっしゃることもあるわけです。じっさい過去に、同じ名前の患者さんが同じ日の同じタイミングで外来を受診するということが起こりました。全くの偶然です。二人の患者さんの間でカルテを取り違えそうになったのです。

今では病院は省力化、効率化のために受付は自動化され、診察券を機械に通すだけとなっています。そして、受付すると即座に診察室のコンピューターの画面に患者さんの名前、生年月日、年齢などが表示されます。さらに、登録された患者さんの中に同姓同名の方がいらっしゃる場合には名前の横にアラートが出て注意喚起するようになっています。なので、もし仮に同姓同名の患者さん同士が同じ日に受診したとしても混同することはないでしょう。しかし、とは言っても過去の経験からして絶対ということはありません。何が起きるかわからないと思って名前と生年月日と年齢を確認してきました。

ところがです、先日、極めて不可解なことが起こりました。お昼休みのことです。窓口の事務の方から問い合わせの電話が来ました、「一人の患者さんが見えているけれど診てもらえますか」と。頭を打ったとのことです。すでに受付時間は過ぎていましたが私はもちろん了承して受付してもらいました。患者さんが外来に来たようなので、コンピューターの画面に表示された患者さんの名前をマイクで呼びました。すると患者さん本人と付き添いの家族の方が入室してきました。私は椅子を進めながらいつものように表示されている名前と生年月日を読み上げて、「君は年齢が○歳だから、中学×年生だよね」と確認してみました。すると、意外にも「ちがう」との返事です。私は虚を突かれました。そんなまさか、いったい何が違うんだ。少なくとも名前が違う訳はない、呼ばれて入ってきたのだから。じゃあ生年月日か、そう思いながら改めて患者さんの方を向くと、どう見ても中学生には思えない小柄な男の子が座っているじゃありませんか。そうか、生年月日の違いか、おそらく登録するときに入力ミスしたのだろう。これまでにもそういう人為的なミスをみつけたことがある。そう早合点した私は本人確認するために電子カルテに登録された住所を画面に呼び出してみた。隣町の住所である。本人と家族に聞くと、またしても「ちがう」との返事。今も昔もそんなところには住んだことはないというのである。いよいよ分からなくなってきた。年齢も住所も違うのならこのカルテはいったい誰のものか。もしかして同姓同名の別人のか。でも、アラートは表示されてはいない。コンピューターも間違えることがあるのか、半信半疑。私は電子カルテで調べることにしました。患者さんの読み仮名を打ち込んで検索したのです。すると三名がリストアップされて来ました。一人は綴りが全然違うし年齢もかけ離れていました。残りの二人は綴りも同じです。驚いたことにこの二人は生まれた年は違うものの同じ月の同じ日に生まれていたのです。つまり誕生日が一緒。これでようやく別人のカルテだと判明しました。付き添ってきた家族に聞くと、急いでいたから診察券も保険証も持ってこなかった、と言うのです。ということは、機械で受付することは出来ません。窓口の人に口頭で名前と誕生日を告げたのでしょう。それをパソコンに入力した結果、別人の受付けがなされてしまったという訳です。やっと謎が解けました。私は改めて本人のカルテを呼び出して無事に診察を済ますことができました。

ところが、まだナゾが残っています。なぜコンピューターは同姓同名のアラートを出さなかったのか。出ていればこんなに混乱しないで済んだはずです。私は二人の名前をもう一度見比べてみることにしました。すると、なんと一つの文字がわずかに違っているじゃないですか。目を凝らして見なければわかりません。辞書で調べたら正字と俗字の違いでした。これをコンピューターが見逃すはずはありません。綴りも完璧に一致しなければ同姓同名とは判断せず、よってアラートを出さなかったのです。機械にも盲点があったのです。

しかしまあ同姓同名で誕生日も同じ人がいるとは驚きでした。でも、冷静に考えればあり得なくはないのです、三百六十五分の一の確率で。今回は、人間と機械の裏をかくようなことがいくつも重なった結果でした。予想もしない偶然や落とし穴がいつどこに潜んでいるかわかりません。もしかしたら、名前の読みも綴りも、かつ生まれた年も月も日も同じ同姓同名が現れるかもしれません。そう思ったら、これからはいちいち住所まで確認して行かないといけなくなるのかもしれません。それに近い例は今までもありました。一卵性双生児の場合です。生年月日はもちろん一緒。性別も一緒。住所も一緒。苗字も一緒。下の名前を似たようにつけることがあります。例えば、「みさ」ちゃんと「みき」ちゃん。一緒に予防注射を受けに行くことになるでしょう。よほど注意して混同しないようにしなければなりません。そもそも見た目だって全く一緒なのですから。